転院と希死念慮

こんにちは。ぬっこです。

 

ブログを放置していた間に起きた大きな出来事、それは病院を転院し主治医が変わった事だ。往復3時間という距離の病院だが9年お世話になり、主治医が変わるなんて想像だにしなかったのだけれど。

私は関東圏に住んでいるが、主治医の先生は関西出身の方で関西の出身大学に戻ることにしたそうで。がっぷり四つに組んで、時に叱られ時に世間話をし。1日に70人以上診ているスーパーマンみたいな忙しい先生だったけれど、鬱に落ちてラムネみたいにボリボリ睡眠導入剤オーバードーズした時も多剤処方からの整理の辛さも、全て受け入れ対処してくれた方だった。

認知心理学的アプローチを教えてくれ打開策のヒントを授けてくださったのも先生だ。

 

そんな絶対的信頼をしている先生がいなくなるなんて!!

 

転院先は、先生の講演会で名刺交換をしたことがあるという家からそこそこ近いクリニックに。素敵な新しい出会いがあると信じて。

結果、失敗だった!残念ながら30秒診療!会話なんて聞いちゃいないし出来やしない。しかも酷いことに名刺交換したこと自体忘れていた! 意味なしー。

調子が悪いといえばどんどん薬を増やすタイプで、本当は鬱でもそれを何とかしたいと言えば多分薬が増えるのだろう。年単位で薬を整理した中でもう薬は二度と増やしたくない。

 

特有のこだわりが強すぎる考え方を相談すると併設のデイケアを案内された。要するに先生は薬の処方係、それ以外は併設のデイケアアウトソーシングという仕組みらしい。

 

すっかり失望した私は、最初の2ヶ月ぐらいは先生ロスで帰ってきて泣いていた。

(今では諦めとともに受け入れている。)

かつてこういう会話がなりたたない先生のクリニックに通院、引越し→転院を繰り返した私感では結局とりあえず薬出しとけな先生ばかりだ。(こういう先生は私は信用しない)

結局調子が良かろうが悪かろうがどうせ変わらないのでボチボチですと答えて30秒で診察を終えるのが通院のパターン。

きっとそんなんだから私のカルテには会話履歴なんてないはず。今の先生はぬっこという個ではなくのっぺらぼうの患者Aとしてしか見ていない。つくづく前の先生との関わりのありがたみを今でも感じている。

調子が悪くなるとオーバードーズ傾向になる私。それを話すことで踏みとどまって来たけれど、今、その時が訪れても大丈夫なように処方量を増やして備蓄している。それがものすごく愚かなことは分かっているが。

 

明後日から週に3日の新しい仕事が始まる。負荷がかかる分しんどくもあるだろう。オーバードーズの衝動は、今は大丈夫なはず。

 

仮に精神的に疲れ起きたくないからと3倍、4倍量飲んでも、少し長寝になるぐらいのものだし。(繰り返すがダメなことの自覚はある。ODダメ絶対)

 

以前2度ほど50錠だか70錠100錠近く飲んで寝続け救急車に乗せられたことがある。(ボリボリ噛み砕く最中気を失ったので正確な数字は覚えていない)人間関係も環境も最悪だった時にその当時近しかった人に「死ぬ勇気もなかったくせに、そんなことして迷惑と恥をかかせやがって」とメンタルズタズタの中で暴言浴びた事もあったっけ。

 

今の環境はとても恵まれている。

食うに困らず絶対的に私を愛し大事にしてくれる旦那はんがいる。それでもふと「このまま目が覚めなきゃいい」と気の迷いを覚える思いは消えない。

 

順風満帆でも明日の事に絶望してなくとも、厄介な事に希死念慮はそう簡単には消えないんだ。

 

某俳優さんが自殺したニュースが流れている。きっとどうしようもなく辛かったんだ。人に話したら消える?私はそうは思わない。

休んだら治る?休んだら自分が関わる仕事はどうなるかと気が気じゃないだろう。

どこかに逃げたい。顔が知れすぎている。それにどこへ?

ただただ生きていたらいいんだ。なんのため?辛いだけだ。

誹謗中傷を受けている。元々の希死念慮の背中を押したかもしれない。

 

みんな死んだら終わり生きろだと言うけれど、どうても終わりにしたいなら、それも1つの選択肢なのではと私は思ってしまう。多分、世間的には間違いだと言われるだろうけど。

 

主治医が変わって、希死念慮が根底にある自分に戻ってしまった。話はそれたけど先生大事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここを放置してる間に起きたこと

こんにちは。ぬっこです。

ここを放置して長いこと経つけれど、一応生きている。

 

刹那的だった雇用形態の派遣の仕事はコロナ禍が訪れるまで順調に更新されて来たけれど、あっさり流行とともに契約終了。最後の1ヶ月は給与の60%の休業補償が出て終わりを迎えた。

 

それと同時期に旦那はんがテレワークになり、私は専業主婦に。

ちゃんと主婦業をこなしたいと張り切って毎日昼食を作り、夜は夫婦揃ってジョギングに行くという自粛期間中はいたって健康的な生活だった。

 

そして、緊急事態宣言解除とともに旦那はんは通常通り会社に行くようになり、無職の私は家で1人。

まだ演芸活動も休んでいたのでポッカリ穴があいたみたいに何もする気が起きなくなり1ヶ月ほど鬱に落ち込んだ。

 

自粛ムードの緩みの世情とともに、私もやっと動き始めて応募した3件目で仕事が決まった。

 

仕事は明後日からだ。

近況はざっくりこんな感じ。

誰に向けて書いているかも分からないけど記録として。

飲みすぎ注意

こんにちは。ぬっこです。

 

今日はメンタルの話。

双極性障害の薬は一生涯飲み続けるものである。メンタルの薬なんて飲まない方がいいよ、と断薬を勧める人もいるけれど、わたしの病気は、薬でコントロールして寛解状態にし、それを長続きさせることが目標。完治することは基本的にないんじゃないだろうか。とにもかくにも付き合っていくしかない。

 

ちなみに薬を飲まないと大概は再発し、良くない状態に陥ることが多い。人によっては躁状態になり、尊大に振舞ったり暴力的になったりする事もあるらしいけれど、私の場合は躁状態になる事は当初からないに等しいばかりかその逆で、大きく鬱に傾いて何もかもやる気を失いしまいには寝込んでしまう。

 

ちなみに、その薬。重い副作用を伴う場合があるため服薬管理は必須である。(どんな薬であれ服薬管理は必須だけれども)飲み忘れてしまっても、間違えて2度飲んでしまってもいけない。

 

先日、珍しく深酒をしてしまい、帰って薬を飲んだ直後に嘔吐してしまった。多分だが、摂取されるべき薬の効果は半減したか失われたのだと思う。飲み過ぎの二日酔い以上に、酷い頭痛と吐き気に襲われて酷い目にあった。多分薬の離脱症状だ。

 

大抵そういう時、その日の分の薬を飲めばピタリと収まる。だから、普段寝る前に飲む薬を前倒しして夕方に飲んだ。案の定ひどい頭痛は和らいだので離脱症状だったらしい。

 

ただこの後に事件が起きた。

 

普段は毎晩寝る前に薬を飲んで寝るのだけれど、習慣というのは恐ろしいもので、無意識に用意して飲み込んで…そして気がついた。

 

夕方飲んだじゃん!飲みすぎた!

吐き出そうにももう既に胃の中。

 

副作用が出たらどうしよう…とりあえず、飲んだ日時と飲んだ薬と量をメモ。なにかあったら、救急車を呼んで、病名とこのメモを救急隊に渡すよう旦那はんに託す。

 

重大副作用リスクとして挙げられているのがスティーブンス・ジョンソン症候群。高熱と皮膚症状を伴い、早い処置がないと死に至る恐ろしい症状のものだ。

 

調べたら、胃洗浄の上入院だなんて恐ろしいワードも飛び出した。うわぁ。どうしよう。

 

でも、結果的に大きな副作用起きなかった。

ちょっとフワフワ目眩がして、抗うつ薬を倍量飲んだことでちょっとだけわちゃわちゃし、そして、わちゃわちゃした反動で半日寝込んだぐらいだ(こう書くとそこそこの副作用だけれど、常人以上飲んだんだから致し方ない。)

 

ちなみに私。お酒は好きな方だけど、外飲みが好きなので実は家では殆ど飲まない。ただ、居酒屋や立ち飲み屋の雰囲気や誰かと話したりするが好きなのだ。

 

アルコールとメンタルの病気は相性が良くないので、お酒を飲むのは良くないんだけどね。(今回みたいなリスクもあるし)

 

結果的にひどい副作用は起きなかったとはいえ、今回の出来事を教訓に服薬管理、本当に気をつけなければと思う。もちろんお酒の飲みすぎにも。


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行きつけの店を失う

こんにちは。ぬっこです。

 

昨夜は仕事上がりに旦那はんと行きつけの魚が美味い立ち飲み屋へ。通ってもう5年、いやまもなく6年経つか…

 

とにかく長いこと通っているには違いない。

ここの刺身は絶品だ。


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昨日は稚鮎と丹波しめじの天ぷらもあって、これまた絶品だった。


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ところで、通いつめたこのお店で内紛があり、7月末で店長と副店長が辞めていった。どうやらオーナーと仲違いをしたようだった。

 

それから夏の間はオーナーが店に出ていたのだけれど、オーナーのFacebookを見たらなんだか不穏な事が書いてあり嫌な予感がして店に行ってみたら…

 

調理してくれる人をひとり残して全員知らない人になっていた。ホールのアルバイトの人も誰1人同じ人はいない。当然知らない人達なのでいつもの「ぬっこさん、いらっしゃーい!」的なウェルカム感もない。

 

刺身も小鉢も天ぷらも文句なく美味しかったし、別に店の経営者でもなく1人のお客でしかないのだから、店の内紛なんて関係ないんだけど、あまりにお店の人達と色々な楽しい想い出があっただけに何とも言えない寂しさと居心地の悪さを感じて早々に店を後にした。

 

私にとっての居心地の良い店というのは

味だけでなくヒトも大切な要因らしい。

 

もう行かないかな…いや、暫くしたらまた行こうと思うのだろうか。

 

新しく魚の美味しいお店、探さなくちゃ。

 

東京に住んで丸8年になる。

そんな東京での私の暮らしの中に根付いた店がひとつなくなってしまった気がした。

 

今日は行きつけのやきとん屋の常連会である。この会の不思議な所は主催者が店ではなく常連のお客だということ。会長と副会長がいたりして常連客が主催する常連客同士の懇親会である。新年会があったり花見があったり、年に4~5回開催されている。

 

もっとも私は結婚してからは、その店に昔のように足繁く通うことはなくなったので正確には私は「常連OB」なのだけれども。(こんな呼称があるのもこの店ならではである)

 

この店は本当にいい店だ。

いわゆる山手線沿線から少し離れるけれど、

それでも行く価値のある店だと思う。

 

(´-`)oO{皿ナンコツお勧め。

 

 

魚の美味いお店の方は、ここには書かずに置こうと思う。

 

we 東西落語


先日は人形町での落語会。

東西ユニットwe

江戸落語の二人と上方落語の二人のユニットの会である。


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大阪と東京で定期的に行われているものなのだけれども、今回私は初参加。

 

こういう落語会へ行く前に時間があればその土地の立ち飲み屋か古典酒場を探して訪れるのが、もうひとつの楽しみ。

 

今回はこちらへ。


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酒の店 笹新

中はなかなかの歴史を感じさせるコの字カウンター。

 

まずは生ビールに〆鯖


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市販の酢締めし過ぎて白っぽくなっている〆鯖があるけれど、私はあれは好きではない。

ほんのりお酢を感じるかどうかのものが好きだ。ここの〆鯖は文句なし。

 

ここで、壁一面に貼られたメニューの短冊を見たら前菜350円の文字が目に飛び込んで来た。

 

本来ファーストチョイスはこれだったか!


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メヒカリの南蛮漬けにかぼちゃの煮付け、うな肝にナスと唐辛子の煮物、川エビの佃煮品数はあるけどいかんせん寂しい感じ。

 

本来私がよく行く激安立ち飲み屋と違って、歴史ある古典酒場を楽しむ予算は大体2,500円ぐらい。別に安い訳では無い。由緒あるお店なのだから。

 

でも、1品の量が多かったりして沢山は食べられないし、落語会の前なので時間も限られサックリ飲みたかった私はここでおいとまする事にして1,500円ほどでフィニッシュ。(雰囲気を味わいたかった)

 

そして落語会へ。

右から桂宮治さん、入船亭小辰さん

桂雀太さん、桂そうばさん。


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こんな風に撮影タイムがあった後で、じゃんけんで順番決め。撮影時間を設けてくれる落語会は珍しい。

 

最初は雀太さん。

饅頭怖いは、

暇をもてあました街の者が数名集まり、それぞれ嫌いなもの、怖いものを言いあっていく。「クモ」「ヘビ」「アリ」などと言い合う中にひとり、「いい若い者がくだらないものを怖がるとは情けない。世の中に怖いものなどあるものか」とうそぶく男(上方では「みっつぁん」、他の男が「本当に怖いものはないのか」と聞くと、うそぶいていた男はしぶしぶ「本当はある」と白状する。「では、何が嫌いなのか」と念を押され、男は小声で「まんじゅう」とつぶやく。男はその後、「まんじゅうの話をしているだけで気分が悪くなった」と言い出し、隣の部屋で(あるいは、自分の長屋へ帰って)寝てしまう。

残った男たちは「あいつは気に食わないから、まんじゅう攻めにして脅してやろう」と、金を出し合い、まんじゅうをたくさん買いこんで男の寝ている部屋へどんどん投げ込む。目覚めた男は声を上げ、ひどく狼狽してみせながらも、「こんな怖いものは食べてしまって、なくしてしまおう」「うますぎて、怖い」などと言ってまんじゅうを全部食べてしまう。一部始終をのぞいて見ていた男たちは、男にだまされていたことに気付く。怒った男たちが男をなじり、「お前が本当に怖いものは何だ!」と聞くと、

「このへんで、濃いお茶が1杯怖い」。

(Wikipediaより)

 

江戸落語では前座噺(短い話を前座さんが本題の落語家さんが話す前にやる軽く短い話)なのだが、上方落語だと、ここに女性の幽霊を見た夢を見たというエピソードが加わって、 30分ほどの長い噺になっていた事にビックリ。江戸落語上方落語はやっぱり違う。


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その後は小辰さんのいかけや

いかけ屋(道端で店を出し、壊れた鍋、釜などの鋳物製品を溶接によって修理する業者)と町場の悪ガキたちとのやりとりを描いた噺。

 

小辰さんは、元々の落語をアレンジしたりする事なく本寸法のものが多い。緩急自在で声に強弱があり、好きな落語家さんの1人。

そんな中で振り切った演じ方をしたこの日の噺は面白かった。

 

その後仲入りを挟んで

宮治さん。

七段目(しちだんめ)は、

常軌を逸した芝居マニアの若旦那は、家業そっちのけで芝居小屋に出入りしている。帰ってこない若旦那が遅く戻ってきた事に旦那が小言を言い、2階へ追い払っても芝居の真似をしている。それを注意しようとした番頭さんが小僧の定吉を2階へいかせると、実は芝居好きの定吉は若旦那と一緒に芝居の真似を始めてしまい、歌舞伎の演目、七段目を熱演するうち、階段から落ちてしまい、「てっぺんから落ちたのかい」呆れらた旦那に定吉は「いいえ、七段目からです」というのがサゲである。

 

宮治さんの落語は押して押して押しまくるパワフルな演じ方。この演目の芝居の真似もコッテリの爆笑王だ。そのコッテリが胸焼けすと好き嫌いもあるようだが私は宮治さんが大好きで追っかけである。ファンクラブに入ってしまったぐらい。

 

トリはそうばさん。

青菜

「植木屋さん、ご精が出ますな」から始まる夏の噺。上方だと「植木屋さん、もうしもぅてしまいましたかいな」となる。

 

夏のある日、ある隠居の家で仕事を終えた植木屋は、隠居から「精が出ますな」と労をねぎらわれ、「柳蔭[1]をご馳走しよう」と、座敷に誘われる。

隠居は、酒肴として鯉の洗いを植木屋にすすめる。植木屋はいい気分で舌鼓を打つが、ワサビの辛さに閉口する。「口直しを出そう。植木屋さん、青菜は好きか」「大好物です」隠居は手をたたいて、「奥や! 奥や!」と台所に向かって声をかける。隠居の妻は何も持たず座敷に現れ、「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官(くろうほうがん)」と不思議な返答をする。すると隠居は、「ああ、義経にしておこう」と言ってすませてしまう。

客人が来たと勘違いした植木屋が辞去しようとすると、隠居は押しとどめ、「青菜は食べてしまってもうない、と言うのはみっともないので、妻は『菜も食らう』ほうがん、と、源義経にかけた洒落言葉で言ったのだ。私は、それなら『良し』つね、と返事をしたというわけだ」

隠居夫婦の上品なやりとりに感心した植木屋は、自分も来客が来た際に活用しようと思い立って、長屋に飛んで帰り、自分の妻にこれを教える。折りしも友人が風呂に誘いにやって来るので、さっそく再現しようと、急いでありあわせのもので酒と酒肴の用意をするが、植木屋の長屋には座敷と台所を隔てるものがなく、手をたたいて妻を呼び出すところがうまく再現できない。困った植木屋は、妻を押し入れに放り込んでしまう。

植木屋は、やって来た友人に「植木屋さん。精が出ますな」と声をかける。「植木屋はおまえじゃないか。俺は大工(あるいは建具屋)だ」「冷えた柳蔭をご馳走しよう」「これは生ぬるいし、濁酒だろう」「この鯉の洗いを……」「これはおから(あるいはイワシの塩焼き)じゃないか」「植木屋さん」「植木屋はおまえだ」「青菜は好きか」「俺は青菜は嫌いだ」

困った植木屋が「そんなこと言わずに『食う』と言ってくれ」と泣き出すので、友人がしかたなく「食う」と言うと、植木屋は手をたたいて、「奥や! 奥や!」と叫ぶ。すると、ホコリやクモの巣を顔に引っ掛けた妻が、汗をかきながら押し入れから転げ出てきて、友人は腰を抜かす。妻は息を切らせながら「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官義経」と続けざまに言ってしまい、植木屋の言うことがなくなってしまう。困った植木屋は、

「……弁慶にしておけ」

(Wikipediaより)

こうして書くと、落語って面白いのか?って感じだけど、このあらすじから、人によっていかに崩すか(ストーリーごと変えてしまう人すらいる)、面白い文言を加えるのか、息遣い、間のとり方、全員が違う。

 

だから、落語は面白い。

私が応援しているのは、真打のひとつ手前。二つ目という修行中の身分の人達を応援している。真打なるまで応援していけば、自ずとその人の成長を見ていられる。だから私が好きなのは若手ばかりで、落語がそこそこ好きな人には「誰?」と言われる。逆に演芸歴が浅い私は重鎮の名も顔も知らなかったりする。

 

珍しく落語の噺でした。

刹那的な雇用形態

こんばんは。ぬっこです。

仕事の更新の時期がやってきた。

更新ったって、働いてたったの2週間である。

 

無事に1ヶ月の更新。
でも、また1ヶ月だけの更新。

 

更新されなかったらどうしようと旦那はんにこぼしたら、入ったばかりでもうそんな心配?と呆れられた。いや、普通の会社員にはこの契約更新のヒリヒリする感じは伝わるまい。というか、派遣社員になるまでこんな刹那的な世界があるなんて知らなかった。アルバイトより刹那的じゃないのよ!もうっ!

 

形式上の更新だと思ったら、前回はガチで会社都合で契約を切られた。だから、更新される瞬間まで私はその次の更新を信用しないことにしている。がっかりしたくないから。

1ヶ月更新は、前職もそうだった。2週間毎に更新するかどうかの連絡が来る感じは常に綱渡りさせられてる気分だ。3ヶ月ぐらいの更新だともうちと安心なんだけど。精神衛生上この雇用形態は良くない…。

 

そして、もうひとつ私の精神衛生を脅かすことは職場環境がいいとはお世辞にも言えない事。

 

挨拶をしても誰も返事なしだったり(そこに悪気はない)、たまにパワハラとも思える上司が部下に対しての叱責の声が聞こえたりする職場の雰囲気だったり(自分が怒られてる訳じじゃない)。私には何の責任も原因もないというのに、出社早々心がぎゅっと縮こまる気がする。

 

仕事は、自力で何とかしなきゃいけない感。自分のペースでやれるとはよく言ったもので、指揮命令系統がない野放し状態である。

同僚もいないので本当に1人ぼっち。トラブルは今のところないけれど、何かあっても助け船がないのは辛い。

 

担当の人とコミュニケーションがない事が不安だと派遣会社に話したら、先方もそう思われてます、だって。互いにコミュニケーションのなさに不満を抱いてるってまるで冷えきった夫婦関係みたいじゃないか。

 

その上、担当者はもっと優しい声色で話してとか言っていたそうで、派遣会社を通して注意された。声が優しくないったってねぇ。思ったならその場で直接言ってくれたらいいのに。伝言だとニュアンスが伝わりにくい。その辺がコミュニケーション不足の典型。

 

曲がりなりにも予約で電話を受けたりして本業だったというのに、そんな話し方のダメ出しを食らったのが屈辱的でならなくて。要因は心が縮こまった状態で殺伐と仕事してるからなんだろうな。そんな中で優しくなんかなれるかぃっ!

 

でも、ブランクあると、今まで出来てたことも出来なくなっちゃうもんだなーとしみじみ。どんな状況でも話し方は完璧だったはずだったのに。あぁー悔しい!

 

そんな状況だからなのか、いつも会社に行く前に不安になる。行きたくないな、とも。働かなきゃと求職し、やっと見つけた仕事だと言うのに。職がなきゃないで焦燥感に駆られるというのに。それが行きたくないだなんて裏腹だ。

 

不安なのは、職場環境が良くないせいなのか、はたまた本当は病気のせいなのか?健康な人だってこんな状況、やさぐれたくもなる。不安だという事実だけ。そりゃそうよ。手探りなのだもの。

 

働けば半日分で地方のフルタイム分ぐらいの賃金が貰えるのだから文句も言えないけど、その待遇の良さが雇用不安定支給みたいなもので。シビアだけど、貰えるだけ良しとしなきゃ。

 

Take it easy~

大人の休日

こんばんは。ぬっこです。

 

先日記事にしたけれど落語や講談、浪曲にハマっている私。


落語、講談、浪曲 - 柳に風 リターンズ

 

昨日は、旦那はんと浪曲を聴きに浅草木馬亭へ。玉川太福さんの毎月行われている定例の独演会へ行ってきた。


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独演会は18時から開演、開場は17時。

チケットは前売りはなく当日券のみである。

以前はそうでもなかったが、最近は太福さんの人気急上昇につきだんだん前の方の席が取りにくくなっており、最前列に座りたい私たちは大体17時きっかりに行くようにしている。


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そして、その前に腹ごしらえを。近くに浅草の老舗有名どころの「水口食堂」。
食堂と言うので基本定食屋のはずなんだけど、定食にしないおかずだけの単品メニューで頼んでお酒のおつまみにする人が多くて 
私も後者で利用。


演芸ホールで落語を聴いた帰りとか1人でフラッと寄りたいけれどおつまみ1品の量的に1人じゃ厳しいのよね。だから旦那はんと行くこの太福さんの独演会が行けるいいタイミング。


演芸ホールで口演を終えた落語家さんが普通に溶け込んで食事していたりする事も。


炒り豚(右上)はソースとケチャップ 、カレー粉で炒めた懐かしい味の炒め物🐷
その左は自家製コロッケ。ホクホク揚げたてサクサクで美味しかった✨
ハムエッグはもうちょっと卵が半熟だったら嬉しかったな。あとはマグロのぶつ切り。


飲み物は瓶ビールに酎ハイ。
飲みすぎて、口演中に寝ちゃったら本末転倒。

 

浪曲の演目には(落語にも講談にも)古典と新作とある。今回は3席とも新作


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こんなふうに口演終了後に自筆のネタ帳を。

新作浪曲は、身辺雑記や最近の時事ネタなどを唸るもので、自由な作風が魅力。

 

祐子のスマホは、最年長の96歳のお師匠さんがスマホデビューするというお話。

 

ゾンビ浪曲は、前日に出演した「ゾンビフェス」(!!)というイベントに出演する為だけに作ったという浪曲。とあるまさかのゾンビ映画浪曲化したもの。ゾンビ×浪曲と絶対相容れないもののコラボレーション。なんでもありだ。

 

仲入り(休憩)では木馬亭では必ずアイスモナカを販売するのだが、今回は一番乗りで並んであずきモナカをチョイス


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仲入り後は寅次郎忘れな草

太福さんは、男はつらいよを全編浪曲化するプロジェクトを行っていて今回のは11話目。

浅丘ルリ子が出演するリリーが登場する回である。と言っても実は男はつらいよシリーズを見たことがないのだが…。

 

これを機に見てみようかな。

 

大満足の口演!

浅草ぶらり浪曲を楽しんだ1日。