面倒歓迎

フロントに立ち寄りリボンを切るのを手伝って欲しい、という要望を受けた。
ただ一巻分のリボンを決められた長さにカットするだけの簡単な事。
このお客様とのご縁はそんな事から始まった。

結婚式を翌日に控えたご家族がいた。
翌日泊まる親族の方々の部屋割りが変則的なので、
再確認しなければならず、
たまたま依頼があった送迎に赴いたついでに話を伺おうとしたら、あらさっきの方!
リボンのご婦人は新婦のお母様だった。
新婦とその方と2人に確認を終えたら、今度は翌日来る親族の部屋にあれこれ入れて欲しい物がある、と。
ワインやらお菓子やらカードやら…先程のリボンはこれだったらしい。
リストを受け取り、ワインやお菓子を預かる。

それからが大変だった。
部屋に用意するワイングラスの数が多く、足りそうにないので
姉妹ホテルに問い合わせてワイングラスの借用依頼。
バンケット倉庫に使われず眠っていたものを発掘しに倉庫探検。
ラック一つ分数十個のグラスを借用して、エッサホイサと運び込み
そして丁寧に洗いふきあげる。
生憎依頼の当日、私は休み。
誰が担当しても間違いが起こらないように、
入れるそれぞれの部屋毎にせっせとセッティングの準備。
地味な作業だが、好きな仕事は一向に苦にならないから不思議だ。

早朝、温泉の掃除に赴いたら、
お風呂上がりの方に呼び止められた。
誰かと思えば、新婦のお母様。
昨日の夜もいたのに、こんな早くにもいていつ寝てるの?と目を丸くされている。
(夜勤なので寝ていない。)

この宿を選んだ理由や私へのねぎらいの言葉。ほんのすこしの時間だがそのお客様と立ち話。
お祝いの言葉をお伝えして、仕事に戻ったのだが、
心から嬉しく思えたのは、
ありきたりな天気や季節の話なんかではなく
久しぶりにきちんとお客様と向き合って話が出来た事。
この仕事をしていて良かったと思えるのはこういう時だ。
なんだか最近仕事の事で同僚と意見が合わず揉めたり、
自分のつまらないミスに苛立ちを覚えたり、仕事の楽しさを忘れてしまいそうな事ばかりだったせいか
余計に胸の中に温かな思いが広がる。

この方の式は昨日の事。
素敵な時間を過ごせていたらいいのだが…。

こういう手配に喜んであれこれ動く私みたいなスタッフがいる一方、
敬遠するスタッフは意外に多い。
…一言でいえば面倒だからだ。
だが何故か面倒な手配であればあるほどちょっと嬉しい私。
だってそれがこの仕事の醍醐味だと思うから。
何となく今のホテルに働くようになってからこういう『面倒』な手配依頼がなくなってしまったように思う。
寂しい限りである。