匂いから引き出される記憶

記憶というのは頭の幾千もの引き出しの中に巧妙にしまってあって、
何かをきっかけにしてそれがふと想い起こされる事がある。
そのきっかけは音だったり物だったり匂いだったり、似たような状況だったり。

匂いからするすると引き出されてくる記憶。
ここへきて何もしない休日には必ず寄るようになっているばおばぶというカフェ。
ここの引き戸をガラガラッと開けた瞬間の匂い。
この匂いが、思いもかけない私の頭の引き出しを開ける。
それはまぎれもなく祖父の家の匂い。
祖父の家からもらったもの、服、その場の空気全てがこの匂いだった。
小さい頃毎週日曜に祖父母の家に
赤いハローキティーのレッスンバックを持ってピアノを習いに通っていた頃の記憶がよみがえる場所。

祖父母の家はこのカフェのように雑木林に囲まれた古い家だった。
周りには笹が沢山。
夏の時期になると意味もなく細く伸びる笹の新芽ばかり集めていた。
のどが渇いたといつも水をがぶのみ。
レッスンのときの記憶なんて正直ほとんどなくて、
好きだったのは得意だった聴音(ピアノで弾いた音や旋律を聞き取って楽譜に書く)のレッスンぐらい。
あとは適当に歌ったり、森で遊んで…
つまりまじめにレッスンを受けた記憶がほとんどないということだ。

このカフェの引き戸を開けると、懐かしい匂いとともに
腐葉土になった落ち葉のじゅうたんの上を駆け回った記憶がするするとよみがえる。

ひとりになりたいときのお気に入りの場所。