きっと忘れない

今日は休みだった。
東京からもうまもなく知り合って10年になろうという友達が遊びに来ており
雑誌とか結構メディアに出ているのを見ていた彼女を
せっかくだから実物を見せてあげようと思い一緒に会社に行った。

見慣れたホテル。歩きなれた道。
だけどスタッフとしてではなくゲストとして見るホテルはやはり違う。
空いている部屋を彼女に見せながら、実際にゲストだったらどんなにいいだろうかと。
洗練された客室、豊かな森。
テラスで川の流れる音をBGMに本でも読んで過ごしたらどんなにいいだろう。
そうか、ゲストはこんな気分でうちのホテルの時間を過ごしてたのか。
自分がスタッフでいるときとは明らかに違う視点。
制服を着ていると着ていないでは同じ物を見てもこんなに違うのかと
何だかカルチャーショックを受けた。

途中いつも愚痴を聞いてもらったり、ガチガチに凝った肩をもんでくれたりする
布団敷きのおばちゃんに会った。
今日はいつもと違う、晴れやかな顔をしている、今日の顔なら大丈夫、と。
いったい私はいつもどんな顔で仕事をしてたんだろうか。

そう言って、去っていったおばちゃんの後姿は、
下を向いてうなだれて、小さい体がいっそう小さく見えた。おばちゃんも疲れている。
その後姿を見て、普段の私の姿が目に浮かんだ。
ゲストの前では無理に笑顔を作り
ゲストが通り過ぎたらきっとうなだれて大きなため息をつきながら歩いていたに違いない。

今のホテルを去る事ばかり考えている私に友人は言った。
こんないい環境で仕事をしているのは幸せだ、と。
確かにセクションも肩書きも年齢も飛び越え、スタッフ皆と仲良くやっている。
困った時には助けてくれる人が沢山おり、私は皆に支えられている。
普段毎日見ており何も感じないが、
緑が生い茂り、魚が沢山釣れるような渓流の傍で仕事をしている。
確かに毎日平均して14時間勤務だし、会社の仕組みは滅茶苦茶だけど
それらを超越する何かがあるような気もする。

きっと休みが終わってまた仕事に戻れば、
今日感じた事なんて忘れて、また眉間にシワを寄せてうなだれて歩くのかもしれない。
これから先、自分が今のホテルを去るのか、それとも残るのか分からない。
でも今日見た鮮やかな緑や吹き抜ける風はきっと忘れないと思う。