「覆水盆に返らず」をワンタンで実感する

それは年が明けてお節料理に食べ飽きる頃の深夜の事だった。
寝る前にどうにもお腹が減ったので
湯を沸かし、カップワンタンを作っていた。

ワンタンと言えば、私にとって山登りのお供に欠かせないものだ。

山の頂上でおにぎりとワンタン。
食後にペーパードリップでコーヒー。
誰が何と言おうと絶品ランチメニューである。

たかだかインスタントカップワンタンにそこまで言い切る私、無類のワンタン好きかと言えば、別にそうでもない。
多分地上?で食べる事は滅多にない。

だけどその晩はなぜだかワンタンの気分だった。
湯を沸かし、きっちり3分計って「いただきます」と神妙に手を合わせ、カップに手を伸ばした次の瞬間…

ひっくり返した。
それも右足の上に…しかも全部…


昔オーストラリア土産に頂いた羊毛モッフモフでお気に入りのラグマットに、スープが染み込み
無残にでろりと散らばるワンタン。

出来るまで待つ3分は長い。
蓋から漏れる湯気に何となくワクワクする思いで時計とにらめっこする。
ちらっと覗き込みたくなるのをぐっとこらえて、巡ってきたその時だというのに
一瞬でワクワク終了。

あぁ。なんてこった。

だけど不思議な事にそんな時の一瞬は妙にスローモーションで
カップがひっくり返ってスープやら具やらが盛大にこぼれ落ちる様子が、克明に目に焼き付いている。

ところでこの為にわざわざ沸かした湯をひっくり返したという事は
その湯はつい3分前には100度だった訳で、
足は当然ヤケドしている。

あまりに唐突過ぎるワクワク終了だったせいか、
ぬっこ脳ミソセンサーは完全に優先順位を付け間違えて
そんな時にしごく冷静にワンタンを一つ一つ丁寧に箸で拾い、お湯で洗って食べはじめたのだった。
3分のワクワクが一瞬でふいになった事の方が私にとっては大事件で
何とかリカバーしようとした結果がこの奇行の理由。

ヤケドしている足を冷やすとか
痛いだ熱いだどうしようだと騒ぐとか、
それが普通のリアクションだろうに。

覆水は盆には返らないのだ。
ひっくり返しペタリと落ちたワンタンは、
熱々の醤油味のスープには、もう二度とひたらない。
湯で洗って食べたワンタンは
味も素っ気もない、かつてワンタンだった何か別の食べ物だった。

そして数日。
大した事はないだろうとたかをくくり、
その時大した処置もせずに放置したその足のヤケドは
今見事なまでにお湯をこぼした形に真っ赤なアザになっている。

あらま、意外とひどいヤケドだったみたい。

寝正月に本当に寝ぼけた末の失敗は
思わぬ爪痕を残す事になった。

ワンタンスープひたひたの「羊毛モッフモフのラグマット」にまつわる後日談があるのだが、
それはまた次回に続く。

※明日コメント返信致します~