車がない!

昨日そろそろ帰ろうと事務所で片付けをしていたときのこと。
階下から聞こえるすみません、と呼ぶ声。
私がいる場所は事務所の棟で、ゲストが入ってくる事はない。
いやいや、こんな声聞こえる訳がない。
聞こえない声が聞こえてしまったに違いない。
すみません、という声に首をブルブル振って振り払おうとした所、
もう一度聞こえてくる『すみません』の声。
あぁ私はいよいよおかしくなったのだろうか。

そう思っていたら、GMから呼ばれているから早く行け、との声。
どうやら空耳ではなかったらしい。
空耳でなかったとすると、階下で誰かを待たせているということになる。
慌てて上着を羽織って階段を駆け下りてみると、ゲストが2人。
うちの敷地には建物が点在している。
駐車場から建物までは暗い敷地の外を歩かなければいけない。
どうやら敷地で迷っておりレストランに行きたい方たちらしい。

階段を慌てて下りたので少し息切れしながらお客様をレストランまでお連れする。
お連れする途中でお客様曰く「砂利の場所」に止めてしまった車の移動の依頼を受け
カギを預かったはいいが・・・。

車がない!
うちのホテルの駐車スペースはスタッフの分も含めると4箇所。
そのうち砂利のスペースは2箇所、スタッフ用の建物から離れた駐車場である。
気温は2度。ジャケットだけではもう凍えそうな寒さの中で車を探しててくてくてくてく。
・・・ない。
・・・ここにもない。
・・・ない。
小高い丘の上にある最果ての駐車場まで行ったのにやはりそこにもない。
なんだか悲しくなってきた。

空を見上げたら満天の星。
必要以上の外灯もないこの辺りは無数の星が瞬いてみえる。
あまりの寒さに耳が千切れそうに痛いのだが、空を見上げてほんの一瞬車を探している事を忘れた。
空の真上から地平線に向かって軌跡を残しながら落ちていく大きな大きな流れ星。
願い事なんて多分5回ぐらい言えそうな程長い間ゆっくりゆっくりと流れて静かに消えていく光だった。
寒いのは変わらないが不思議なことにその後の足取りが妙に軽い。
結局敷地内を15分もうろうろして見つけた車は建物に程近い、
路肩の砂利のスペースに止めてあるものだった。

私の奔走は徒労に終わったのだが・・・いやいや、違う。
車を探しに行ったんじゃない。
あの流れ星をあのタイミングであの場所で見る為に私はその丘まで行ったんだ。