決定的瞬間

いつも利用するスタッフ用の駐車場は山の中に複数あるのだが、
そのうちの一つに車を停めて、急な坂になっている山道を下って出勤していたときのこと。
遅刻寸前の別のスタッフが、小走りで下ってきて私を追い越した。

そしてそれから数秒後、彼女は体勢を大きく崩しつまづいた。
その瞬間体が浮き、前のめりにバッタリ倒れこむ。
雨上がりで土が流出して大小様々な石がゴロゴロとむき出しになった足元。
その石のひとつに足を取られたらしい。
カバンは投げ出されて、体はしゃちほこのようにえびぞり。
すり傷だらけ、ドロだらけの彼女は何故か痛い、痛いと言いながらゲラゲラ笑っている。
人は極限状態に置かれた時、感情をどうコントロールしていいか分からなくなる。

そしてまた数日後。
健康診断で胃のレントゲン撮影。
恐怖のバリウムを飲む事になる。
私の前に受ける人が、検査スタッフの指示を受けながらバリウムを飲み込む。
次は自分の番だ、と覚悟を決めた瞬間。
その人、まるで赤ちゃんがミルクを吐き出すように、むせこんでバリウムが口から溢れた。
辺りに飛び散る白い液体。洋服や髪の毛、顔中真っ白だ。
あまりに無残な姿の彼女を見ながら私が心に決めた覚悟はぐらりと揺らぐ。

決定的瞬間。
そんな瞬間を目にした時、なんとなく得した気分になってしまうのは
不謹慎だろうか。・・・不謹慎だろうな。

そんな事を思っていた今日。
急いでいた私は、開きかけの自動ドアに勢いよく頭から激突。
あまりの痛みに頭を抱えてしゃがみこむ。
その後気づけばオデコに大きなタンコブ。
目の前の送迎車に乗っていたドライバーさんが目を丸くする。
なんてこった。
決定的瞬間は自分にも訪れた。人の不幸をネタにした罰に違いない。