なりふりかまわず

週末は例によって内緒のアルバイト。
しかもアシスタントではない、正規スタッフとしてひとり立ちの日である。
私は携帯売りの女の子たちをまとめる現場監督役なのだが
監督として黙って見てるだけじゃない。
初日は携帯の模型を飾る什器を組み立てて、キャンペーンが出来るように用意し、
店舗様とミーティングして当日一押しの機種や価格の確認、
どんな風に店舗とキャンペーンスタッフが関われば良いかを伺う。
そして女の子とミーティングして、キャンペーン開始。
キャンペーン中も自分が1番声を張り上げて呼び込みをするし、
やる気が無いとぐずる女の子をなだめたり
適宜休憩を取ってもらったりもしなきゃいけない。
女の子に休憩を取らせればほとんど自分の休憩なんて取れない。
事務所に報告のために決められたシーンを決められた枚数写真を撮って
メールで送ったり、結構いろいろ忙しい。

週末の派遣先は実家近くの店舗だった。
小さな携帯ショップなので屋外のお店の駐車場の一角に什器を設営してのキャンペーン。電気屋やショッピングモールの場合、冷やかしでとおりかかるお客様もいるだろう。
だが、田舎で自家用車が必須の場所。
歩道に人なんて歩いていない。
そんな中どうやってお客様を呼び込むか?
…車道に向けて携帯電話を持ち高々と手を挙げる。そしてありったけの声で叫ぶ。
ただひたすら、何時間も何時間も叫びつづける。呼び込みなんてもんじゃない。
まるで人間拡声器だ。
更に私が叫ぶ裏では音楽をかけながらマイクで女の子が延々と喋り続ける。
疲れて飽きて女の子がぐずりはじめたら私が代わって喋りつづける。
喋るか叫ぶか。そんな2日間。
はっきり言って晒し者だ。
通りかかるドライバーは減速し、全員振り向いて何事かと異様な目でこちらを見る。
だが明らかに見世物状態の自分が
仕事とはいえ恥ずかしいというよりちょっと惨めに感じて自己嫌悪に陥ったりもする。
いったい休みに私は何をやってるんだろうか…と。
だが私が辞める訳にはいかない。
だって女の子達も寒いだの疲れただの文句を言いながらも
頑張ってくれているから。

そんな中、自分がホテルマンだと思う瞬間があった。
携帯を買って帰るお客様の車のドアを持ち、
「ありがとうございました、扉を失礼致します」
そして車を見えなくなるまで見送り、深々と一礼。
多分、車のドアを閉めてあげる携帯屋さんなんていないだろう。
そして、いらっしゃいませ、ありがとうございました、と言う人はいても、
お客様にこんにちは、こんばんは、と挨拶をするスタッフはまずいない。
私がいる世界では当たり前の事だが、それは別の職種では当たり前ではない。
だけど、扉を閉めてあげて車を誘導し、最後まで見送られて悪い気はしないだろう。
挨拶をされて気分を害する人だっていないはずだ。
私は私の接客をする。売るのが部屋だろうが携帯だろうが、お客様はお客様だから。
他の仕事をしてみて、自分がホテルの仕事が本当に好きなんだと妙に実感した。

そんな自己嫌悪と戦いながらの結果は驚異的なものだった。
目標13台に対して39台。目標数の3倍の売上げ。
ちょっと最初めんどくさそうだった店長さんもかなりの上機嫌である。
頑張った甲斐があった。

余談だが私はキャンペーンに入ったのに乗じて、両親が携帯を取り替えに来た。
店舗様に私から両親だと挨拶したら、社割で1万近く引いてくれた上、
さらにSDカードまでタダで頂いたらしい。
多分今回一番美味しい思いをしたのは他の誰でもないうちの両親かもしれない。

ちなみに今週末、うちの近所の店舗に派遣される予定だったのは断った。
だって、その店舗の真後ろはうちのフロントスタッフの家。
さらに歩いて2分でウェディングの姉御の家。
多分歩いて行ける範囲内に、うちのスタッフ数十人が住んでいる。
更にその店舗が面した通りはうちのスタッフの8割が通勤経路として使っている道。
私の拡声器な声は多分彼らの家まで響くに違いない。
…近所でそんなことしてたら会社クビになってしまいそうだ。
私の携帯売りは仮の姿であって、本業はホテルマンだから。